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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)6044号 判決 1963年5月06日

判   決

大阪市旭区大宮西之町七の四一

原告

佐藤春三

右訴訟代理人弁護士

北逵悦雄

伊豆鉄次郎

東京都中央区蠣殻町一の一七

被告

カネツ商事株式会社

右代表者代表取締役

清水正紀

右訴訟代理人弁護士

阿部一男

右復代理人弁護士

吉田士郎

右当事者間の冒頭番号株券返還等請求事件につき当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める判決

(一)  原告―

被告は原告に対し、金一四、四〇〇円の支払をうけるのと引換に株式会社高島屋株券二〇〇株、及び富士電機株式会社株券五〇〇株の引渡をせよ。

右強制執行が不能のときは、被告は原告に対し、金八二、一〇〇円の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

(二)  被告―主文同旨

二、請求原因

(一)  被告は商品取引所の仲買人である。

(二)  原告はさきに被告大阪支店に差入れていた主文第一項記載の株券(以下本件株券と略称)を証拠金代用として、昭和三五年五月上旬から同月中旬の間黒糖の買付及び売付の委託をなし、結局損金一二、〇〇〇円、委託手数料二、四〇〇円合計一四、四〇〇円の支払義務を生じた。

(三)  原告は前項記載の一四、四〇〇円の支払と引換えに代用証券である本件株券の引渡方を求めたが、被告は応じない。

(四)  本件株式の強制執行が不能の場合は、原告はそれにより、本件株式の時価相当額の損害を蒙つたことになるところ、本件株式の口頭弁論終結時たる昭和三八年四月一日現在の相場は左記の通りであるので損害額は九六、五〇〇円となる。

左    記

銘柄数量 一株の時価 計

高島屋 二〇〇株 二一〇 四二、〇〇〇円

富士電機 五〇〇株 一〇九 五四、五〇〇円

合   計 九六、五〇〇円

三、答 弁

(一)  請求原因事実に対する認否

請求原因(一)、(二)、(三)の事実は認める。

請求原因(四)の事実のうち、原告主張の時期における株価がその主張の通りであることは認めるが、その余は争う。

(二)  抗 弁

原告は、原告主張の黒糖の取引以外に本件株券を代用証券として、被告大阪支店に対し、毛糸の取引委託をなし、その差損金、手数料を合わせて後記の通り八五、五六〇円の支払債務を生じたが、原告においてこれらの支払をしなかつたので、被告大阪支店は昭和三五年八月一日代用証券たる本件株券を売却処分して黒糖及び右毛糸について生じた原告の債務の支払に充当した。従つて被告は原告に対し本件株券を引渡す義務はない。以下原告の前記債務額が発生した経過を明らかにする。

(1)  原告は昭和三五年四月二〇日頃、本件株券を代用証券とし、被告大阪支店に対し、毛糸一キロ当り一四一〇円の指値で六月限り三枚、七月限り三枚の買付委託をなした。

(2)  同支店では同年四月二〇日右委託に応じ、六月限り三枚七月限り三枚を買付けたが、値段は原告の指示通りにはゆかず、成行上六月限りについては一キロ当り一四二〇円七月限りについては同一四一四円で買付けた。

(3)  右買付直後、被告大阪支店係員は、

原告に対し、電話で原告の指値で買付できなかつた事情等を説明し又右毛糸の買付報告書を郵送したうえ、原告の指値と被告支店の買付値段との差額合計四二〇〇円は被告支店で負担するから、右成行による買付を諒承して貰いたいと申入れたところ、原告はこれを承諾した。

(4)  その後右毛糸の相場が下落し、証拠金に下足を生じたので、被告大阪支店は原告に対し、同年五月二六日追証拠金の請求をしたが、原告はこれに応じなかつたので、同支店では未決済の右買い玉につき、反対売買をして手仕舞をした。

(5)  右手仕舞の結果、毛糸取引については、

原告は被告に対し左記内訳により合計八五、五六〇円の支払債務を生じた。

買付単価 売付単価 差損金 手数料買売

六月限り三枚 一四二〇円 一、二七六円 四三、二〇〇円 一九二〇 一九二〇

七月限り三枚 一四一四円 一、二八六円 三八、四〇〇円 二四〇〇 一九二〇

計 八一、六〇〇円 四三二〇 三八四〇

合計 八九、七六〇円

控除額 四、二〇〇円

差引 八五、五六〇円

四、被告の抗弁事実に対する原告の認否冒頭の事実は争う。

(1)の事実中 毛糸六月限り三枚を被告主張どおり買付委託したことは認め、七月限り三枚については全部否認する。七月限りについては原告はなんらの注文をしていない。

(2)の事実はこれを認める。

(3)の事実については、被告主張のような申出のあつたことは認めるが、原告が右申出を承認したことは否認する。原告は被告主張のような毛糸の買付報告書の郵送をうけたが、六月限りについては指値でなく、また七月限については注文していないのでこれを返送した。

(4)の事実は認める。

(5)の事実は否認する。(但し、被告の主張が正しいという前提をおくときは、差損金、手数料の額が被告主張のとおりとなることのみはこれを認める。)

五、証拠≪省略≫

理由

請求原因(一)及至(三)の事実は当事者間に争がない。よつて以下被告の抗弁について判断する。

原告が昭和三五年四月二〇日頃、被告大阪支店に対し、本件株券を代用証券として、毛糸一キロ当り一四一〇円の指値で六月限り三枚の買付委託をしたことは当事者間に争がなく、而して(証拠―省略)によれば、原告は同日同支店に対し前記と同一の代用証券と指値で以て七月限り三枚の毛糸の買付委託をしたことが認められ、右認定に牴触する原告本人の供述は信用することができない。

次に同支店が同年四月二〇日右委託に応じ毛糸を六月限り三枚、七年限り三枚各買付けたが、値段は原告の指示と異なり、成行により六月限りの分については一キロ当り一四二〇円、七月限りについては同一四一四円で買付けたことは当事者間に争がない。

故に被告は原告の指示した値段より高価に買付をしたことになるが、一般に商品仲買人は額客から商品の買付委託を指値でうけた場合その指値に従うべき義務あることは勿論であるけれども、市場の取引の状況により右指値では取引を行うことができないときは指値より高価で買付をしても、自己において指値との差額を負担する限り、商品仲買人のした買付は顧客に対し効力を生ずるものと解すべきである。本件において前記毛糸の買付直後被告大阪支店は原告に対し電話で指値で買付できなかつた事情を説明したこと、又同じ頃原告が同支店から毛糸の買付報告書の郵送をうけたこと、同支店が原告に対し指値と買付値段との差額合計四、二〇〇円を負担する旨の申出をしたことは何れも原告の争わぬところであるから、被告のした前記毛糸の買付は原告が右買付の結果を引受けることを拒絶すると否とに拘らず、原告に対してその効力を生ずるものといわなければならない。

ところでその後右毛糸の相場が下落し、証拠金に不足を生じたので、被告大阪支店は東京繊維商品取引所受託契約準則第一五条、第一六条(3)により原告に対し昭和三五年五月二六日追証拠金の請求をしたが、原告がこれに応じなかつたので、同支店は、同準則第二三条により原告の右買い玉全部につき反対売買をして手仕舞をしたことは当事者間に争がなく、(証拠―省略)によれば、前記手仕舞の結果原告は毛糸取引につき六月限り七月限りの毛糸の各三枚につき被告がその抗弁(5)に記載するような内訳の差損金、手数料合計八九、七六〇円の支払債務を生じ、これより同支店が負担することとなつた前掲差額四、二〇〇円を控除すると、原告の右支払債務は八五、五六〇円となたところ、原告が右債務の弁済をしなかつたので、同支店は前記準則第一四条により昭和三五年八月一日原告が預託中の本件株券のうち、株式会社高島屋株式二〇〇株を代金二七、二〇〇円(取扱手数料四四〇円、取引税四〇円)、富士電機製造株式会社株式五〇〇条を代金九二、五〇〇円(取扱手数料一、二〇〇円、取引税一三八円)で売却処分し、黒糖及び前記毛糸について生じた原告の債務の弁済に充当したことが認められ、右認定に牴触する原告本人の供述は措信することができない。

してみると被告は、原告に対し本件株券を引渡すべき義務がないことになるから、右株券の引渡を求める原告の請求は理由がないものというべく、又右引渡義務の存在を前提とする原告の代償請求もその理由がないことに帰するから原告の請求は何れもこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 奥   輝 雄

裁判官 宍 戸 達 徳

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